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人と成り・人柄。画竜点睛を欠く。 [日記]

人生の通信簿は 歩みは 長き時 四季折々の景色のように 現れる。

怒ってばかり 要れば 怒った顔に。 不機嫌な顔をしてては景気の悪い事ばかり。また 心が不安・不幸を抱くひと・ところには 人々の足も遠くなるものです。

笑って いれば 笑う門には福来る。

子育てはあっという間に 子供が巣立ちゆきます。 それが 子供の人生の繁栄で在り それが 家族の繫栄です。 我が家の穏やかな暮らしを 壊したものには それはそれなりの人生が在る・在ると言うのか衰退。


みなみなちゃんは 私へ 色々なお顔で 演じたり 常に平常心で ねっと・ねこきもでは 私が 誰と解り 脅したり それからは 日々日常生活で 態度を 変えたり。

醜さを 言葉の乱に 私の心を 壊すと 危機に 危険を これでもかと 植え付けました。引っ越しても終りなくまた 10年過ぎても。

そのようなかたがたはそれはそれなりに 人となりに 現れる。表現される。表れる。 


苦労は買ってでもしろ。それは 時代錯誤です。知らずと善き事は知らずでも善いです。

笑って 生きれる 日々ならば 先も 明るい未来が 人生が おのずと 開けて ゆくものです。

今まさに 明日も視えない 日々が 終わる事のない 感染症。 このような時こそ お互い様に。日々生きてれば 楽しみを見つけて いれば 必ず 未来が 開けて いたことでしょう。


ザ・モールみずほ16は店舗 閉店です。 20年でしょうか。 きずなも同じです。

いつまででも 過去に 過ぎ去りひびに こだわらない。


私は 最終学歴を経て もう いつの時代の 話しを 持ち出しているのだろう。それ詐欺行為。人財の情報をだまし取る。

この引っ越しで みなみなちゃんも 何も知らない また 引っ越してまで 騙し討ち・撃ちして 何を得る事があったのだろう。 迷惑防止条例・ストーカー規制法。人様・他者の人生の歩み道を人生の横領・着服。


老いては子に従え。とも言うでは在りませんか。 老いてまで醜態現さず。

待てば海路・甘露の日和あり・果報・家宝は寝て待て。


私・私達・我が家とは もう 二度と合う・会う事もない。自覚が在るかたがたはいるのでしょうか。

また 偶然にあうでも 遭うなので 通報される事もある。 また 迷惑防止条例・ストーカー規制法。

通報されずに 終わる。憐れみ。


悪妻は百年の不作。とも言われますが 悪縁は百年・千年の不作。

去るものは追わず。来る者は選んでふるいにかけて・善く吟味して。先を急がず ゆっくりと考慮して歩み。

吟味・理論・品質・内容・罪状。


ご縁とは結びが完結では在りません。昨今では離婚も多いとか ご縁を結び後の管理を怠る。ご縁の結びは人生のスタート地点に立つに過ぎない。

ご縁とは自分自身・個人・私も 努力して 寄り添い その先に ご縁の繫栄が在る。


追記。

ザ・モールみずほ16の開店には 嘘でしょう。と 我が家では会話をしてました。

また あの近隣では 住民と事業所・社との裁判・法での 争いも在りましたねっ。そのようなところなどで景気も下るです。独りでも 見限る人が要れば それに 続く人達も 要るものです。因果応報の果て・終わりでしょう。

高齢化社会になりつつと在りますが 車社会でないと 車が足になるような 地域に繫栄が在るとは思わずです。


なぜ このように 泥沼に それは 何かを成し遂げるために その先 行き先の道に 何か描くべき 過ちの点が在り 些細な事だったかも知れない。 このような事に 私の暮らしを乱し。誰かひとりを犠牲の上に この先も 描かれる 絵 人生の絵画に 成し遂げる 人生の絵画は 在りません。

初心に返ろうが 過去を返り視ても 結果は同じです。 それが 因果応報です。 

最後に眼 後一筆と言う時に あの時の事が 蘇る。


仏作って魂入れず。仏作って眼を入れず。仏作っても開眼せねば木の切れも同然。

これが 私が以前から 何度も書いた 達成感の知る子供は 次 次と希望・夢を叶えてゆく。

親として 師として 社会で活きる大人 先輩として 我が物顔で 活きるかたがたは そのような事を教えて伝えゆく事は出来ません。 とは ご縁は結ばれる事はないです。 とは 繫栄と言う言葉は儚い。

同じ土俵入り 同じ絵画を描く 人生の道はないです。


出遭いは 出会いに鳴る事はない。

段々と亀裂が広がる。 




         完。








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